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「古き良きヴィクトリア時代に戻る」との考えの下、S元首相が親近感を抱いていたG首相的な自由主義の時代は19世紀後半である。
一方、20世紀初頭においては、自由党のR首相が標傍したコミュニティー主義が現れた。
そこで、最後に、S主義というものが結局は何であったのかということをもう一度考えておきたい。
S元首相自身が明確に述べているように、S主義の目的の一つは「古き良きヴィクトリア時代に戻る」ということであった。
V女王時代、大陸では普填戦争や普仏戦争を経て、ドイツ帝国が成立したほか、イタリア王国も成立し、一方でフランス第二帝政が崩壊するなど、混乱が続いていたが、英国だけは1人の世の栄華を謳歌していた。
強力な海軍を背景に大英帝国の支配圏は植民相チェンバレンの下で拡大した。
産業革命の先進国であり「世界の工場」と言われた英国は、一方で後発資本主義国の追い上げにあっていたものの、依然として、自由で進取の気象に富み起業家精神旺盛な経済を維持し、商業や銀行業でも他国を圧倒していた。
保守党D氏、自由党G氏という二大政治家に代表される二大政党が交互に政権を運営する典型的な議会政治が根づき始めたのもこの時期である。
他方、家庭の価値や粋が維持され、社会的な上下関係も厳格で、人々の宗教心も篤く、多少重苦しい雰囲気ではあったものの、社会的にも非常に安定していたという。
S主義は、こうしたヴィクトリア時代の精神が二十世紀に生まれた福祉国家によってすっかり破壊されてしまったという基本認識に立脚している。
先にも述べたが、福祉国家の長によって、国民は、「最後は国が助けてくれる」という安心感に浸ってしまい、「国に何かしてもらう」ことばかりを要求し、自ら道を切り開くという自立の精神をすっかり忘れてしまったということである。
その故に、新しい産業や経済活動、それを支える起業家も生まれてこないという事態になってしまったというのである。
こういう具合であったから、S主義の下では、新しい起業家が持て聯されたし、S政権の中にも立身出世型の人物が多数登用された。
経済がある一定の成熟段階を迎えると、社会全体が安定志向に入り官僚化してしまい、成長が鈍化し活気を失っていく。
そういう意味では、S主義は官僚化して感度の鈍くなった英国の社会、経済に大きな揺れを与え、競争、自己責任、起業家精神を促すことで、見事に英国を立ち直らせた。
このS主義がなければ、現在のように順調な英国経済は起こらなかったであろうということは、大方、定説であろう。
問題は、「ヴィクトリア時代に戻る」と言っても、既に戻ることのできない重大な部分が多数存在していたということである。
つまり、ヴィクトリア時代を支えた厳格な家庭や高い宗教意識、それらに基づく倫理観といったものは、今の英国では、以前よりも弱まっていて、しかもこれらは、政治の指導力によって一朝一夕に回復できるような代物ではないということである。
このために、S元首相の目指したヴィクトリア精神は、その重要な部分がいくつか欠けてしまっていて、結果として、自己中心的で殺伐とした個人主義を英国社会にもたらしてしまった面もある。
「自分のことは自分でしなさい」という要求は、一方で、それを横に繋げる家族的紳や宗教的連帯感などがなければ、単なる弱肉強食社会に終わってしまう可能性が高いからである。
ただ、S元首相自身がこの危険に気づいていなかったかというと、そうではないように思うのである。
今回英国に滞在して驚いたのであるが、S元首相は日本に対して非常に高い関心を示していたという。
「そうでなければ、日本に何度も出かけていったりしない」とある英国の友人に言われたのは印象的であった。
その高い関心の中身は、しっかりとした規律と高い倫理観を養っている日本の初等・中等教育、社会の連帯感の強化に貢献してきた日本的経営といったものに向けられていたという。
確かに、ヴィクトリア時代にはあってS時代には欠けていた重大な要素が、別の形で当時の日本にはあったのかもしれない。
面白いことに、Sリズムを引き継いだと目されるB政権でも、日本に対するある種の関心は底辺で続いている。
それは、教育改革、ステークホールダーエコノミーの推進の二つであろう。
政権発足当初から、教育改革の推進を目玉の一つに掲げたB政権において、日本の教育制度に依然として関心が注がれているとの話はしばしば耳にする。
また、面白いのは、ステークホールダーエコノミーという考え方である。
「第三の道」では、過度の市場主義がもたらした、株主利益の極端な重視、短期的利益ばかりを追求する企業経営のあり方等が問題視され、従業員や取引先などの利害関係人の利益を考慮することにより競争力の向上に繋げようとする政策が推進されている。
これを、英国では「ステークホールダーエコノミー」と呼んでいるが、これなどは、正に、日本がこれまで強みを発揮してきた分野とも言えるのかもしれない。
経済的に「失われた10年」は政治・行政的には「飛躍の10年」であったとも言える。
選挙制度改革、議員定数削減、政府委員制度の廃止、党首討論の導入などの国会改革、明治維新以来の大規模な省庁再編、行政への政策評価制度、情報公開制度の導入、等々、形として残っている改革を10年の間にこれだけ経験している国も珍しいに違いない。
それでもなお、何となく不満が煉っているのが現状である。
この10年の改革の多くは、日本が政治制度として採用する議院内閣制と職業官僚制をリフレッシュするものであり、改革のエネルギーは、「政治主導」、「強力な政治のリーダーシップ」といった一言葉に代表される。
ところが、肝心の我々の思考方法は十分にリフレッシュされていない、あるいは前進していないように思われる。
むしろ、日本人に特有の制度信仰ばかりが支配してしまって、新たな仕組みは作られたが、新たな仕組みの主役となるべき我々の思考方法は旧態依然としているという感がある。
「制度信仰」には、二つの特徴があるように思う。
制度を整えれば終わりという態度、制度は期待どおりの成果を上げるのが当然という態度である。
別の角度から言えば、世の中には完璧な制度というものがあるはずだという錯覚とも言える。
日本ではこの傾向が特に強いようで、こうした傾向があるから、前述の革命的思考や外国信仰が成り立っているとも言える。
革命とは、結局、制度をガラガラポンと変えることであるし、外国信仰は外国の制度のいいところを切ったり貼ったりしようとすることでもあるからである。
制度は期待どおりの成果を上げるのが当然と考えがちな「制度信仰」は、期待通りの成果が上がらない場合に、制度自体の問題なのか、運用の問題なのか、しっかりと議論をすることなく、制度の変更を選択する傾向が強いことが挙げられる。
制度信仰にとらわれがちな日本人の意識を示すものとして興味深いのが、2001年1月18日付けY新聞紙上で紹介された米G社との日米共同世論調査である。
それによれば、国家の統治に関する機関に対して日本人の信頼度は著しく低く、首相(6%)、国会(9%)、中央省庁(8%)、警察・検察(19%)などとなっている。
一方で、米国は、大統領(66%)、連邦議会(63%)、警察・検察(65%)などである。
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